大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)2375号 判決
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〔判決理由〕一、原告が昭和三九年一月二九日、被告より同人所有の別紙物件目録第一記載の土地、同目録第二記載の建物を買受けその代金を昭和三九年四月三日完済し、同月六日所有権取得登記を経由したことは当事者間に争がない。<証拠>および弁論の全趣旨によると、被告は原告に対し右売買契約において、本件土地建物について何ら瑕疵のない所有権を移転する義務を負担していたところ、本件土地はすでに昭和二一年頃、大阪都市計画街路一等二類四号難波片江線の境域に決定されていたこと、売買当時原告および被告は勿論、売買を仲介した業者すらも右事実を知らず、原告は昭和四二年四月始めて右事実を知つたことが認められる。証人田端亀治郎の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすにたる証拠はない。原告が本件土地を購入するに際し、公法上の制限の有無につき調査をしたことを認め得る証拠はない。しかし右調査をしておらなかつても、本件土地が大阪都市計画街路に決定されたのは本件売買契約より一〇数年も前であつたこと、したがつて右決定が公示されたのもその頃であること、公示は官報によりなされること等を考えると、被告が右決定の事実を知らなかつたことにつき過失があつたということはできない。
二、<証拠>および弁論の全趣旨によると、本件売買の目的物件は、本件土地、建物のほかに大阪生野七三一局三八四二番の電話加入権が含まれていて、その代金は一括して金五〇二万五、〇〇〇円であつたことが認められる。成立に争のない乙第一号証によると右電話加入権の本件売買当時の時価は金三万円であつたことが認められ、また鑑定の結果によると、街路境域決定のない場合の本件土地建物の本件売買契約当時の時価は金五七〇万二、〇〇〇円であることが認められるから、合計金五七三万二、〇〇〇円となるところ、原告は現実には金五〇二万五、〇〇〇円で本件土地、建物、および電話加入権を購入しているのであるから、右両価額の比、および電話加入権は本件土地、建物購入の次手に、付加的に買われた事実(被告本人尋問の結果により認められる。)を総合し、前記金五〇二万五、〇〇〇円の代金額中、電話加入権の占める価額は金二万五、〇〇〇円であり、本件土地建物については金五〇〇万円であると認めるのが相当である。
三、ところで土地が都市計画街路の境域に決定されると、早晩右土地は収用され、地上の建物は撤去を余儀なくされるほかに、計画事業が実施される以前においても、工作物の新築、改築、増築等について、都市計画法、建物基準法等により著るしい制限を受けるため、収容に際しては客観的な相当価額(あるいは換地)が補償されるけれど、なお土地の取引価額、客観的価額が下落するのが一般であることは公知の事実である。現に鑑定人小野三郎の鑑定の結果によると、本件売買契約当時の客観的価額は、都市計画街路境域の決定のない場合は金五七〇万二、〇〇〇円であるのに対し、右決定のある場合は金四六〇万六、〇〇〇円であることが認められる。そうだとすると土地およびその上の建物の売買において、当事者が当該土地が都市計画街路の境域と決定されているのにこれを知らず、かつ知らなかつたことにつき買主に過失がなかつたときは、民法第五七〇条にいう売買の目的物に隠れたる瑕疵ありたる場合に該当し、前記法条によつて準用される同法第五六六条により売主は買主に対しそのため買主のこうむつた損害を賠償する義務がある。本件売買契約において、本件土地が大阪都市計画街路に決定されていたことは、原告も被告も知らず、知らなかつたことにつき原告に過失がなかつたことはさきに認定したとおりであるから、被告は原告に対し、右不知により原告のこうむつた損害を賠償する義務があるわけである。
四、被告は、本件土地は住家の敷地として原告がここに居住し、商売を営むために買受けたものであつて、転売を予定しての投機売買ではない、現に原告は本訴提起まで四年間ここに居住し何の不都合もないのであるから、本件売買により何ら損害をこうむつておらず、したがつて街路境域決定は瑕疵とはいい得ない、と主張する。しかし投機物件として買受けたものでなく、居住、営業に支障はなくとも右決定あるため廉価であるべき物件をこれを知らなかつたため通常価額で買受けたことは損害であり、したがつてまたその要因は瑕疵であるといえるから、右主張は理由がない。
被告はまた、街路計画は将来変更となり、本件土地が境域外になる可能性もあり、仮に計画が実行されたとしても、その際原告に正当な補償がなされるから、本件売買に瑕疵はないし、原告に損害はない、と主張する。勿論街路計画が将来変更され、本件土地が境域外となる可能性は絶無ということはできない。しかし本件土地を境域地とした街路計画が現存する以上それが実行される可能性のほうがより大であるということができ、このことが本件土地の客観的価額を下落させているのであるから、街路計画の変更の可能性が絶無でないからといつて、原告の如くいうことはできない。また都市計画街路境域地の取引価額の決定は当事者双方の主観的事情が強く働くが、基本的には右土地は将来収用され、その際客観的な相当価額が補償されることを前提にして、右補償によつてもなお補充され得ない損害すなわち土地収用事実による生活不安定からくる瑕疵、および、都市計画法、建築基準法等よりの前記諸制度から来る損害を金銭に評価し、その額を計画街路境域決定のない場合の土地の客観的価額により控除した金額を中心にして定められるものということができる。したがつて本件売買の如く、当事者が右境域決定を知らず、その決定より生ずる損害額を顧慮せず、右決定のない土地として評価した金額を定めたときは、収用に際し相当価額が補償されても右損害が填補されたことにならないことはいうまでもないし、買主たる原告が売主たる被告より右損害の賠償を得ても、原告が二重に利得したことにはならない。よつて被告の前記主張は理由がない。
五、被告は、原告が本件土地に大阪都市計画街路境域決定がなされていることを知つたのは、遅くとも昭和四二年四月以前であるところ、本訴が提起されたのは昭和四三年四月二五日であるから、その間一ケ年の除斥期間が経過しており、本訴は不適法である、と主張する。しかし民法第五七〇条により準用される同法第五六六条第三項所定の請求は、裁判上の請求のみならず裁判外の請求も含まれると解されるところ、原告が右決定を知つたのは昭和四二年四月であることはさきに認定したとおりであり、原告本人尋問の結果によるとそれより一ケ年を経過しない、昭和四二年一一月頃か、昭和四三年初め頃に原告が被告宅を訪れ損害賠償の請求をしたことが認められ、また昭和四三年三月一六日付、同月二〇日到達の内容証明郵便により原告が被告に対し、損害金として本訴請求にかかる金一三六万二、三〇〇円の支払催告をしたことは当事者間に争がないから、被告の右主張は失当である。
六、本件売買契約当時、都市計画街路境域の決定ある場合の本件土地建物の客観的価額は金四六〇万六、〇〇〇円であつたことはさきに認定したとおりであるところ、現実には原告は金五〇〇万円で購入しているのであるから、その差額である金三九万四、〇〇〇円の損害をこうむつたことになる。原告は損害額の算出は本件土地建物の右瑕疵ある場合と無き場合の現時の時価の格差および本件売買価額より割出すべきだ、と主張する。鑑定の結果によると、昭和四三年三月二〇日現在の本件土地の価額は、前記決定のない場合は金六六一万八、〇〇〇円、右決定のある場合は金五三四万二、〇〇〇円であることが認められ、後者は前者の約二割減であるから、原告の主張どおりにすれば、原告が右決定がないものとして支払つた現実の代価金五〇〇万円の約二割、すなわち約金一〇〇万円が原告のこうむつた損害となる。しかし代金額の決定は取引当事者の主観的事情により大きく左右されるから、原告が前記決定の存在を知つて本件土地建物を買受けたとしても、必ずしも金五〇〇万円の二割減で買受けるとは断定できないから、右主張も理由がない。
七、次に被告は過失相殺を主張する。しかし本件は売主の瑕疵担保責任に基づく請求であり、買主が売買目的物に存する瑕疵を知らず、かつ知らなかつたことに過失がなかつた場合に始めて認められるものであるから、過失相殺の概念を容れる余地なく、また本件売買契約に当つて原告は本件土地の公法上の制限の有無につき調査しなかつたが、それでも前記瑕疵の不知につき過失ありといい得ないこと、右売買の仲介人も右瑕疵の存在を知らなかつたこととはさきに認定したとおりであるから、右主張は理由がない。
八、更に被告は、本件土地は現在では坪当り金一万円の価額となつているから原告に損害がないとか、原告は昭和四四年一一月本件土地建物を訴外高龍沢に対し代金八五〇万円で売渡して代金を受領したから、損害は回復されたと主張するが、仮に右事実があつたとしても、原告に前記損害がなければ原告の得た利得は、その損害額だけより多額であつたことは明らかであるから、右主張も失当である。 (野田栄一)